自動車業界のサプライチェーンに激震が走った「ネクスペリア問題」が示唆するものとは
今年の9月から11月にかけて、自動車業界のサプライチェーンに深刻な影響を与えた「ネクスペリア問題」という事象が発生したのをご存知でしょうか?ニュースワードとしては見かけることはあっても、その内容について詳しく知らないという方も多いのではないでしょうか。今回は、この「ネクスペリア問題」を解説するとともに、この問題が示唆する自動車業界の課題、中古車業界への影響について考察します。
ライター
この解説は2025年11月20日現在の情報をもとに執筆しています。また解説・考察には筆者の主観・独自考察を含みます。リセバ総研の公式な見解ではございません。
目次
そもそも「ネクスペリア問題」では何が起きたのか?
まずは、この「ネクスペリア問題」について解説しましょう。ネクスペリア問題とは、オランダに本拠を置く半導体メーカー「Nexperia(ネクスペリア)社」を中心とした、自動車用半導体供給の混乱のことを指します。2006年に創業したネクスペリア社の前身にあたるNXPセミコンダクターズ社は、オランダの電気機器メーカー「フィリップス」の半導体部門をルーツとしており、自動車業界だけでなく産業用機械、モバイル製品、通信インフラなど幅広い分野に様々な半導体製品を供給しています。
NXPセミコンダクターズ社は、2017年に汎用型パワー半導体事業を中国系の投資ファンドに売却。そこで生まれたのが、ネクスペリア社です。そしてネクスペリア社は、2018年には中国の聞泰科技(Wingtech Technology)に買収され、本社は引き続きオランダに置きながら、中国資本の企業に。半導体製品の“原材料”となる半導体ウェハーはドイツや英国など欧州で生産しますが、最終的にメーカーなどに出荷する半導体製品の生産は、中国をはじめアジア各国の工場で行われています。特に、自動車業界に強いのが特徴で、車載用半導体については40%を超えるシェアを占めているとも言われています。このオランダと中国の関係性が、今回の「ネクスペリア問題」の引き金となってしまいました。
2025年9月、オランダ政府は先端技術や知的財産の流出リスクなど安全保障上の懸念を理由に、ネクスペリア社の経営権を「監督する」という形で一時的に掌握すると発表します。米中の経済対立を背景にしているものでしたが、冷戦時代に戦時を想定して制定された「物品供給法」という法律を適用するという異例の措置でした。このオランダ政府の動きに対して、中国政府はすぐに報復措置を発動。ネクスペリア社の中国法人や中国国内の関連企業に対して、許可なく半導体製品を輸出することを禁止する措置を取ります。前述の通り、ネクスペリア社の半導体製品の多くは中国にて最終的な生産・出荷が行われるため、この中国政府の措置によって、ネクスペリア社の半導体製品は事実上の出荷停止状態に陥ってしまったのです。
半導体製品の供給ストップが自動車業界の生産体制に影響
オランダと中国の地政学的対立に端を発した「ネクスペリア問題」ですが、その影響はすぐに表面化しました。ネクスペリア社の半導体製品を使用していた国内外の自動車メーカーや自動車部品メーカーは、生産停止や減産を余儀なくされ、市場への新車の供給が一時的に停滞することに。ホンダと日産は一部の生産拠点で減産に陥り、新車の納期などにも影響が生まれました。
2025年11月19日にはオランダ政府がネクスペリア社を管理下に置く措置を停止すると発表
その後、11月には中国政府が民間企業向けの半導体製品輸出規制措置を解除、11月19日にオランダ政府がネクスペリア社に対する管理措置を解除する声明を発表したことで、自動車業界への半導体製品の供給は再開に向かっている状況ではあります。
今後は自動車メーカーや自動車部品メーカーの生産体制も回復に向かうものと見られていますが、オランダと中国の間にある地政学的リスクは依然として解消しておらず、今後の見通しは不透明な状況です。経済系メディアなどのなかには、ネクスペリア社のオランダ法人と中国法人による新たな対立を背景に、影響の長期化を予想する声もある状況で、楽観はできない状況です。
この「ネクスペリア問題」は、改めて自動車部品のサプライチェーンを特定の企業に依存することの脆弱性を露呈することになりました。今後、自動車メーカーや自動車部品メーカーは、リスク分散のために部品調達の多様化を加速されることが求められるのではないでしょうか。
「ネクスペリア問題」が自動車業界、中古車業界に示唆するものとは
一時的ながら自動車業界への半導体供給が危機的な状況に陥った「ネクスペリア問題」ですが、実は半導体供給不足を原因とする自動車生産の停滞は、これが初めてではありません。2020年後半から2021年頃には、コロナ禍が終焉に向かったことによる需要の急激な回復で世界的に半導体が供給不足に陥り、自動車の生産は特にその影響を大きく受けました。これから中古車市場に出回ることになる2020年式から2021年式の在庫が不足すると言われるのは、この時期の新車供給不足によるものと思われます。
そして現在でも、パソコンやサーバー、データセンターなどICT分野における半導体需要の高まりを受けて、半導体製品はその供給が逼迫している状況が続いています。生成AIの普及拡大や暗号通貨市場の拡大、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)の拡大など、半導体に対する需要は落ち着く気配は見せておらず、この状態は今後も引き続き続くものと見られます。
一方で自動車産業は、電気自動車やハイブリッド車の普及など電動化の拡大が進むことで、半導体に対する需要はさらに高まっていくことが見込まれます。およそ100年前、エンジンとタイヤだけで道を走っていた時代の自動車とは異なり、現代の自動車は電子部品の塊です。パワーユニットだけでなく、安全装備や室内装備など様々な部分が電子化され、その制御には多くの半導体部品を必要としています。
こうした高い需要が維持されているなかで、半導体製品を供給するサプライヤー企業に何かが起きれば、自動車メーカーや自動車部品メーカーだけでなく、社会全体に大きな影響を与えるといえるでしょう。「ネクスペリア問題」は地政学的リスクをきっかけに発生しましたが、リスクはそれだけではありません。自然災害や火災による半導体工場の損壊、半導体メーカーの経営難、工場従業員のストライキなどでも半導体の生産は止まり、世の中への影響は生まれます。それだけ、半導体の生産・供給体制の維持は、世の中のサプライチェーンの大きなカギを握るものと考えるのがよいのではないでしょうか。
そして、自動車メーカーの新車生産体制に大きな影響が生まれると、新車納期の長期化から中古車への需要が高まり、相場価格が高騰する可能性があります。加えて、その年の新車が中古車在庫として出回ることになる5年後から8年後には、中古車業界も在庫不足に陥ることも考えられます。ただしこれは、需要の高い年式の新車を購入した人にとっては、悪い知らせではありません。中古車の在庫不足=需要過多の状態は、必然的にクルマの相場価格・リセールバリューを引き上げることにも繋がる可能性があります。車種そのものの人気だけでなく、「自分の年式のクルマに需要があるか」という観点で自分のクルマの価値を探ってみるという試みも、今後は重要になるのではないでしょうか。
まとめ
今回は、半導体供給に関する「ネクスペリア問題」を解説してきました。改めて、自動車の生産が半導体の供給と密接に関係していることがわかる内容になったのではないでしょうか。また、新車の供給体制が不安定になることは、中古車の相場や買取査定にも大きな影響を与えることを示唆しています。リセバ総研では、今後も自動車業界に大きな影響を与える世の中の動きをわかりやすく解説していきます。
