CORISM編集長とリセバ総研所長のクルマ放談:2025年10月前編 新車発表・発売ラッシュの9月を振り返る

自動車業界で日々生まれる様々なトピックスについて、リセバ総研の“ご意見番”であり日本カー・オブ・ザ・イヤーの運営にも関わっている自動車webサイトCORISM編集長の大岡智彦と、リセバ総研所長の床尾一法の二人が本音で語り合う「クルマ放談」。10月の前半は、スズキ eビターラ、ホンダ N-ONE e:、プレリュード、日産 ルークスなど注目の新車が相次いで発表・発売となった9月を振り返ります。

リセバ総研所長 床尾一法

リセールバリュー総合研究所 管理運営者

中古車情報誌の最大手での制作、自動車メディアの立ち上げ責任者などを経験。20年以上マーケティングのインハウスやコンサルタントで活動。2017年に人材開発へ転向。対話空間や学習空間の設計、言語化と構造化設計を得意とする。CompTIA CTT+ Classroom Trainer Certification取得。2023年より、マーケティングに復帰。中古車マーチャンダイジングの研究とともに、メディア運営設計を担っている。実は元カメラマン。

【自動車のプロ】大岡智彦

自動車情報メディア「CORISM」編集長

自動車情報専門のWebサイト「CORISM」編集長。自動車専門誌の編集長を経験後、ウェブの世界へ。新車&中古車購入テクニックから、試乗レポート、カスタムカーまで幅広くこなす。クルマは予防安全性能や環境性性能を重視しながらも、走る楽しさも重要。趣味は、コスパの高い中古車探しと、まったく上手くならないゴルフ。日本カー・オブ・ザ・イヤー実行委員。

当記事における発言内容は、床尾一法と大岡智彦の個人的な主観・考察によって構成されています。公式の見解ではございませんのでご注意ください。

ついに登場した「ホンダ プレリュード」に“続ける覚悟”はあるか

  • リセバ総研所長 床尾一法

    まずは、9月に発表・発売された注目の新車から振り返っていきたいと思います。以前から注目されていたスズキの「eビターラ」がついに発表されましたが、ずばり売れそうでしょうか?

  • 【自動車のプロ】大岡智彦

    ものすごく台数が売れるというわけではないと思いますが、補助金を含めた実質価格はかなり抑えてあるので、コスパはいいクルマだと思いますね。

  • リセバ総研所長 床尾一法

    確かに、補助金を含めると競合するハイブリッドSUVよりもお手頃になりますね。

  • 【自動車のプロ】大岡智彦

    このコスパの良さは、「アーリーアダプター」と言われる新しいものを試したいという意向が強い人たちにはいい動機づけになるのではないかなと思いますね。

     

    あえて懸念点を挙げるとするならば、そもそも(軽自動車メーカーというイメージが強いスズキにとって)eビターラというクルマの認知を上げるのはなかなか簡単ではないという点と、これまで軽自動車ばかりを売ってきたスズキの営業スタッフがeビターラのような高価なクルマを売れるのかという点ですね。

    現場(販売店)の人たちがどれだけ積極的にeビターラを売ってくれるかが、結構重要な要素なのかなと思います。

  • リセバ総研所長 床尾一法

    たしか、スズキはeビターラの月間販売台数目標を公開していないですよね。

  • 【自動車のプロ】大岡智彦

    最近は非公表にするクルマも増えてきましたよね。

    確か、ホンダの「プレリュード」で月間販売計画が300台目標でしたっけ。

    eビターラも同じくらいじゃないかなと思いますが、実際にはなかなか予想するのは難しいんじゃないかなと。

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  • リセバ総研所長 床尾一法

    ちょうどプレリュードの名前が出たのですが、発売後の評判はどうですか?

  • 【自動車のプロ】大岡智彦

    ネット上ではやはり価格の高さに対するコメントが多かったり、そのデザインから「プリウスクーペ」なんて言われていたりします。

    価格に対しての「こんな高いクルマ誰が買うんだ?」という声は、まぁ普通の人にとってはそりゃそうだよなと思いますね。

    600万円以上という価格は、“ちょっと無理すれば買える”という範疇を遥かに超えています。これで若い人たちにデートカーとしてのイメージを認知してもらうというのは難しいでしょう。

    ただ、ホンダはこのクルマをブランディングの一環として出したという側面もあるので、販売台数についてはあまり気にしていないのかもしれません。

    あとは、これがいつまで続けられるかという話ですね。
    2代目NSXも(モデルチェンジすることなく)やめてしまったし、セダン復権を掲げてデビューしたシビックセダンも、わずか3年で撤退・・・。

    社内で“売れなかったらやめればいい”という考えの人たちが多ければ、新型プレリュードも短命に終わる可能性はゼロではありません。

  • リセバ総研所長 床尾一法

    ちょっと気になる話ですね。車名とブランドをどう育てるか。

  • 【自動車のプロ】大岡智彦

    一方で、マツダは(他のメーカーの)全く対極にあって、ロードスターは(現行モデルは2015年から)もう10年も売り続けている。

    そんなに台数はたくさん売れないけど、マイナーチェンジしたり一部改良したりすると販売台数がぴょんと跳ねたりしながら地道に作り続けている。

    人気のないカテゴリー車に対する考え方が、根本的に違うのかなと感じますね。

  • リセバ総研所長 床尾一法

    マツダは辛抱強くロードスターを売り、育て続けていますね。

  • 【自動車のプロ】大岡智彦

    長く大切に売り続けるというのも、ひとつの考えですね。

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  • リセバ総研所長 床尾一法

    プレリュードに話を戻すと、試乗した際の感触についてはいかがですか?

  • 【自動車のプロ】大岡智彦

    プレリュードはシャシーが「シビック タイプR」をベースにしていてショートホイールベースなので、ものすごく良く曲がるハンドリングマシンに仕上がっていますね。

     

    一方でタイプRほど足回りを固めているわけではく、(サスペンションの動きは)とてもしなやかで乗り心地もいいので、楽しく運転できるクルマに仕上がっています。

電気自動車に“エンジン音”は必要か?

  • リセバ総研所長 床尾一法

    ところで、ホンダのe:HEVって、エンジンで直接駆動する場面はどれぐらいあるんですか?高速走行時ってことになってますが。

  • 【自動車のプロ】大岡智彦

    走行条件によって、ちょっとだけエンジンで駆動するシーンがあるけど、ほとんど駆動していないですね。e:HEVのエンジンは、ほぼ発電用だと思っていいでしょう。

  • リセバ総研所長 床尾一法

    じゃあ、完全に再現したエンジン音を出して、終始演出しているんですね。

  • 【自動車のプロ】大岡智彦

    そうそう。演出です。アクセルを踏んだタイミングで吹かしたり、減速するとブリッピング(シフトダウン時にエンジンの回転数が上がること)したり、クルマの動きに合わせてエンジンの音を演出してます。

    ただ、EVやPHEVの“音”には考え方が色々あって。

    自分の場合は「なんで静かなモータドライブのクルマで(擬似的な)エンジン音を聞かないといけないんだ」と思ってしまうんです。

  • リセバ総研所長 床尾一法

    え、いいじゃないですか?エンジン音の演出。

  • 【自動車のプロ】大岡智彦

    いやいや。

    モータードライブのEVやPHEVは、静粛性だったりモーターのレスポンスのスムーズさやリニアな加速感がメリットのはずなのに。

    なんでエンジン音をわざわざ擬似的に作ってまで出すのか。私にはあまり理解できないんですよね。

    実際に試乗してみたら本当に臨場感のある音が出てるので、それが楽しいと思う人もいるんだろうなとは思いますが・・・。

  • リセバ総研所長 床尾一法

    まぁ確かに、EVやPHEVの静かな空間に余計な音が入ってくると邪魔に感じてしまう、って人もいるかもしれませんね。

  • 【自動車のプロ】大岡智彦

    プレリュードだけでなく、ヒョンデのIONIQ 5Nやアバルトの500eでもエンジン音の再現機能が搭載されています。

    スポーツカーが好きな人の中には「スパルタンなエンジンが出すサウンドや振動がないと」という考えの人も一定数いて、静粛性の高いEVやハイブリッドを選びにくいという側面もある。

    だから擬似的にスポーツカーらしい雰囲気を作って楽しんでもらおうというメーカー側の配慮でもあるんですけどね。

    ただ、これはガソリン車からEVへの過渡期だからこその工夫なのかなと。

  • リセバ総研所長 床尾一法

    あ〜・・・つまり甲高いエンジン音こそスポーツカーの醍醐味だと思っている、私のような昭和生まれの世代への配慮?

  • 【自動車のプロ】大岡智彦

    そうそうそう(笑)。

  • リセバ総研所長 床尾一法

    実は、(床尾が好きな)カメラの世界でも同じような話があるんですよ。

    カメラメーカー各社の主力製品は、複雑な機構を持つ一眼レフからシンプルな構造のミラーレス一眼に切り替わっていますが、なかには機械式のシャッター機構そのものがない電子シャッターだけで撮るモデルもあります。

    電子シャッターはまだまだ幕速(光を取り込む動作の速度)が遅いので、スキャン速度が早い高価なセンサーを積むプロ機が中心ですが。

    でも撮影タイミングを体感できるように、擬似的にメカシャッターの電子音が出せるんです。音色も好みに変えられたり、音量も調整できたり。

  • 【自動車のプロ】大岡智彦

    スマホだってそうじゃん。

  • リセバ総研所長 床尾一法

    まぁそうなんですけどね。

    そこは「カメラ」という機械のアイデンティティというか。

    ニコンのZ8というプロユースのミラーレスカメラの場合は、シャッターを押したときにファインダーのなかが真っ暗になる一眼レフのブラックアウトという現象を再現するモードもあります。

    大岡さんのおっしゃる「静かなEVにエンジン音がいるのか?」論と同様に、そもそも電子シャッターはモニター映像が途切れず、音も出ないことがメリットなんですけどね。

  • 【自動車のプロ】大岡智彦

    必要ないないのに、操作感のためにわざわざ美点を退化させる機能をつけるというところは同じだね。

  • リセバ総研所長 床尾一法

    カメラの中で鏡がバタバタ高速で動く一眼レフを使ってきたカメラマンにとっては、レリーズボタンのトルク感、シャッターの動作音やブラックアウト、バネの振動、シャッタータイミングを図る上ですべて重要なインフォメーションなんです。

    アナログな感触が撮影のテンポやリズムを作っているんですよ。

    これらを演出する機能は、昔ながらのカメラの操作感を求めるユーザーを納得させるための機能であって、物心ついたときからスマホネイティブな世代が中心になれば、いつかは『もう必要ないんじゃない?』となるときが来るのではないかなと。

    実際、私はその演出機能がついた電子シャッター中心のカメラを所有してますが、確かに無音・無振動に慣れるとどうでもよくなるんですよね。

  • 【自動車のプロ】大岡智彦

    人それぞれ、自分の人生のなかで積み上がってきた価値観があって、どんなものに対しても「こうあるべきだ」という価値基準があるしね。

    クルマにしても、これまでずっとクルマが好きな人のなかには「エンジン音こそクルマのアイデンティティ」という価値観があったりするわけです。

    ところが、これからBEVが普及した世界に生まれてくる子どもたちにとっては、むしろクルマは「音がしないのが当たり前」になっていく。逆にエンジンのあるクルマに乗ったら「なんか変だ」と思うかもしれない。

    クルマに対する価値観が変化する過度期だからこそ、擬似的にエンジン音を再現するのは仕方ない部分もあるかもしれませんね。

    ただ、擬似的な音はあくまで偽物なのでちょっと違和感があるし、その機能の分だけコストも上がるわけで・・・やっぱり釈然としない部分がある(笑)。

補助金頼みのEV市場に未来はあるか?

  • リセバ総研所長 床尾一法

    話を戻しまして、電気自動車についてはもう1台。

    ホンダが軽の電気自動車「N-ONE e:」を発売しましたね。

    あまり話題になっていないような印象もありますが、大岡さんの所感としては?

  • 【自動車のプロ】大岡智彦

    発売直後なので受注状況などはまだ伝わってきませんが、クルマとしての評判はいいですね。

    ただ、やはり(価格設定が)補助金頼みのクルマなのかなとも思います。

    (全国で適用される)CEV補助金だけだと57万4000円。それでも、N-ONEe:のe:Lグレードよりフィットのe:HEVモデルのほうが安いわけです。

    この価格差が悩みどころ。

ホンダ N-ONE e:についてはこちらの記事もチェック
  • リセバ総研所長 床尾一法

    EVの補助金についてはこのインタビュー時点で来年度の政策が発表されていませんが、継続でしょうかね?

  • 【自動車のプロ】大岡智彦

    補助金についてはしばらく続きそうなんじゃないですかね。

    (あくまで個人のテキトーな意見ですが。)

    ただ、そもそもエコカー補助金は対象のクルマを買った人にしかメリットがない。この点についてはちょっと思うところがありますね。

    エコカー補助金の原資というのは税金であるわけで、みんなの税金が対象のクルマが買える一部の人だけの利益になっているわけです。

    現在は環境性能の高いクルマの普及促進という大義がありますが、予算の非常に大きい政策なので、これをいつまで続けるのかというのは気になる。

  • リセバ総研所長 床尾一法

    受益の分配問題はつきまといますね。

  • 【自動車のプロ】大岡智彦

    水素自動車の「トヨタ MIRAI」の場合は、700万円以上の車両本体価格に200万円くらいの補助金が出るんです。

    そんなお金があるんだったら、減税の財源や物価高対策に税金をしっかり使ったほうがいいんじゃないか?なんて思いもあったり。

  • リセバ総研所長 床尾一法

    ちょうど補助金の在り方も、政変で注目されているテーマですね。

  • 【自動車のプロ】大岡智彦

    だから、補助金頼みのEV戦略って果たしてどうなんだろうと。

    スズキの社長はeビターラの発表会で「どうですか?安いでしょう?」みたいなニュアンスの発言をしていたんだけど、実際には安くないよと(笑)

    補助金があるから実質価格は安く見せられるけど、実際には399万円から。補助金がなければコスパの良さは消えてしまうわけです。

    海外でも、EV補助金を終了したら急に販売不振になったという話もあります。米国ではEV購入時の補助金制度が9月末で打ち切りとなり、今後はテスラ車の販売台数が大幅に下落するとみられている。

    こうした状況をみると、当り前ですが補助金がなくても売れる電気自動車を中長期的に作っていけるのかが問題なのかなと思います。

  • リセバ総研所長 床尾一法

    メーカー各社は補助金を前提に車両本体価格を決めている、なんてところもあるんですかね。

  • 【自動車のプロ】大岡智彦

    確証はないけれど、恐らくそうなんじゃないかなと思います。

    N-ONE e:について計算してみると、補助金を含めて軽自動車の一番高いモデルにちょっと予算を足せば買えるかなくらいの価格帯に収まっているんですよね。

    恐らく商品企画の人が色々な試算をして価格設定しているんだと思いますが、一方でリセールバリューの計算となると、中古車市場では車両本体価格から補助金を引いた金額がそのクルマの価値と認識されるようです。

    それをベースに計算されるので、車両本体価格に対するリセールバリューは大幅に下がってしまうんです。

  • リセバ総研所長 床尾一法

    EVの中古車流通量が極端に少ないのでなんとも言えないですが、リセバ総研で不定期連載している大岡さんの「神コスパ」シリーズでも、補助金対象の車種が「新車価格の半減に近い中古車価格」の神コスパ中古車として、BEV・PHEV・水素の3タイプで4車種も取り上げられてますからね。

  • 【自動車のプロ】大岡智彦

    N-ONE e:も残価設定型ローンをやっていますが、想定残価はかなり低い数値で設定されていますね。

    リセールバリューの悪さが織り込まれた残価設定で、あまりメリットがないんじゃないかと思います。

    それを補うように、ローンの金利を低く抑えるとか、少しでも買ってももらえるように努力をしているのは高く評価したいポイントでもありますが・・・。

  • リセバ総研所長 床尾一法

    eビターラの残価設定型クレジットも、想定残価が低めに設定されていますね。個人的には欲しいクルマのひとつではあるのですが(笑)

  • 【自動車のプロ】大岡智彦

    メーカーもそこにリスクを負いたくないですからね。

    特にメーカーの残価設定は買取店の査定標準価格と比べると低めに設定されていて、変動リスクを回避するようにしているんです。

    EVの場合は、その特徴が極端に出てしまいますね。だから買い方を慎重に考えないと損をしてしまう可能性もあるのかなと。

    個人的には、BEVは中古車で買うのが一番コスパがよくていいんじゃないのかなぁ、と思っています。

  • リセバ総研所長 床尾一法

    高年式の中古EVは狙い目かもしれませんね。大岡さんの記事も反響が大きいです。

  • 【自動車のプロ】大岡智彦

    そう。

    日産のサクラなんて、3年落ちの中古車でおよそ半額になっていますからね。

    だったら(新車で買うより)中古車の方がコスパよくない?ってなるのではないでしょうか。リーフも新型が発表されたので、今後の中古車相場に注目ですね。

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