【独自考察】ガソリン暫定税率廃止議論のなかで急浮上した代替財源「走行距離課税」ってなんだ?

今年7月に国会において「年内の廃止」という方向で与野党が合意した「ガソリンの暫定税率」。実現に向けた協議は現在も続いていますが、その協議のなかで暫定税率の廃止に替わる財源のひとつとして「走行距離課税」という案が急浮上しています。この走行距離課税とはどういう税金なのか。導入を巡る課題にはどのようなものがあるのか、筆者の私見を含めて整理していきます。

ライター
本記事は9月15日時点の情報を元にしています。「ガソリン暫定税率の年内廃止」や「走行距離課税の導入」についてはまだ国会での協議・審議の途中であり、いずれも正式に決定したものではない点についてご注意ください。また、本記事の内容は筆者の私見・考察で構成されています。リセバ総研の公式な見解ではありません。
目次
走った距離に応じて税金が課される「走行距離課税」
走行距離課税とは、その名の通り「クルマが走った距離に応じて税金を支払う」という課税方法です。ただし、実際にどのような方法で個別のクルマについて一定期間の走行距離を正確に計測するか、そして税金はいくらになり、そしてどのような方法で税額を決定・納付するのかなど、細かな点については不透明です。
この走行距離課税は、ガソリンの暫定税率廃止の協議を行うなかで浮上してきました。ガソリンの暫定税率を廃止すると、国や地方自治体は多額の税収を失うことになります。その減ってしまう税収をどのように穴埋めするのかが暫定税率廃止の議論における焦点となっている状況で、その代替案のひとつとして議論されるようになったのです。
ただ、この走行距離課税は今回初めて議論されたわけではありません。最近では2020年代に入り、電気自動車やハイブリッド車の普及によってガソリンの消費が減少することが見込まれた際に、税収が減少するガソリン税を補うものとして走行距離課税が検討されたことがあります。
その際には、ガソリン税を多く払うガソリン車と、税負担が少なくなる電気自動車・ハイブリッド車を比較して「税の公平性」を担保するという目的で発案されましたが、環境負担の少ない電気自動車やハイブリッド車の普及促進を進める自動車業界からは猛反発。国内の自動車メーカーなどで構成される日本自動車工業会は、2022年11月に「国民的議論もないままに導入することには断固、反対する」という声明を出すまでに至りました。
海外ではすでに導入されているケースも
このように、日本国内では制度設計もまだ進んでおらず、その是非についての議論が始まったばかりという状況の走行距離課税ですが、海外に目を向けると実際に導入されたケースはあります。

例えば、米国のオレゴン州では、2015年から「OReGO」という走行距離課税プログラムを導入。ガソリン車や電気自動車を問わず、走行距離に応じて1マイル(約1.6km)あたり2セントが課金され、税収はすべてオレゴン州の交通インフラの整備・維持に充てられます。興味深いのは、このプログラムはあくまで任意で参加するもので、参加するとアメリカ政府が毎年徴収するDMV車両登録料(日本における自動車税のようなもの)が減額になるという点。走行距離の計測は専用のGPSデバイスによって行われますが、位置情報データは収集しておらず走行距離データのみを回収しているのだそうです。
そのほかには、環境負荷の高い重量貨物車両に対して走行距離課金が導入されたケースがあります。例えば、ドイツでは基本無料となっているアウトバーン(高速道路)を走行する車両総重量7.5トン以上の大型トラックに対して走行距離に応じて料金を徴収。道路維持などに役立てられているといいます。またニュージーランドでも、ディーゼル車や車両総重量3.5トン以上の大型車に対して「RUC」(Road User Charges)と呼ばれる走行距離課税が導入されています。ちなみに、フランスでも重量貨物車両に対する走行距離課税が検討されたことがありましたが、運送業界からの反発で実現しなかったといいます。

-
-
【クルマ大好きライター】井口裕右
米国の場合はオレゴン州という一部地域で任意参加のプログラムとして、ドイツやニュージーランドの場合には一部の車両に限定した課税方法として導入されており、全国規模で全てのクルマに課税するという建て付けの走行距離課税の事例は探すことができませんでした。
一方、厳密には税金とは呼べませんが、走行距離に応じて通行料が課金されているのが、シンガポールです。同国では、GPSを活用した電子道路料金制度(Electronic Road Pricing :ERP)を導入。道路の交通状況に応じてリアルタイムで変動するのが特徴で、渋滞の激しい道路では料金が上がり、渋滞のない道路では料金が下がるという仕組みによって、渋滞の緩和や公共交通の利用促進を行っています。
この他にも、海外のいくつかの国や地域では走行距離課税が検討されていますが、日本と同様に「減少するガソリン税の代替」「税の公平性担保」という目的だけでなく、「老朽化するインフラの維持管理」という本来ガソリン税が担ってきた目的や「環境負荷の軽減(環境負荷の高いクルマに対する税負担の増額)」という趣旨でも議論されています。しかし後述するように、走行距離課税については課題も多いと言えるのが現状です。
走行距離課税において考えられる様々な課題を考察してみた
「走った分だけ税金を払う」という走行距離課税の仕組みは、日常的に多くの走行距離を走ることの少ない人にとっては負担の少ない税金と言えるでしょう。しかし一方で、「日本を走るすべてのクルマを課税の対象とする」と仮定した場合、様々な課題が見えてくるのではないでしょうか。
クルマが不可欠な地方在住者や運送事業者にとっての負担増加
ひとつは、クルマが通勤・通学などの移動手段として欠かせない地方の人や、仕事で毎日クルマを使用している人、そして事業そのものにクルマが欠かせない運送事業者やバス会社、タクシー会社、個人タクシー事業者などにとって大きな税負担の増加になるという点です。現在でもガソリン価格高騰が大きな負担増となっているなか、仮にガソリン暫定税率の廃止と引き換えに走行距離課税が導入された場合、その税率によっては暫定税率廃止前と比較して負担増となってしまう可能性も否定できません。
輸送コストの増加による物価・運賃の増加
走行距離課税の導入によってクルマを運用している運送会社や交通機関など事業者の税負担が増加した場合、その増加分のコストは様々なものに転嫁される可能性があります。例えば、通販の送料や宅配便の料金が値上げとなったり、バスの運賃、タクシーの料金が値上げとなったりする可能性もあります。加えて、税負担の増加によって社会全体の物流コストが上がることで、様々なモノの物価が増加することも考えられます。
公正・公平な走行距離の記録方法の導入と不正対策
一方で、走行距離課税の技術的な課題は、「そもそもどのように正確に一定期間の走行距離を計測するのか」という点に尽きます。もちろん、自己申告では不正し放題になってしまいますし、不正対策などを考えると(所有者以外の)第三者によって何かしらの計測機器を取り付ける必要があります。しかし、日本国内を走るすべてのクルマに一斉に、かつ確実に計測機器を取り付けて、走行距離を正確に測り始めようとすると、その労力やコストは計り知れない規模になりますし、それを実現する方法は想像がつきません。少なくとも、導入決定から実際の施行までは年単位での準備が必要になるのではないでしょうか。
また、それぞれのクルマで走行距離の計測が確実に正しく行われているかをどのようにチェックするのか。不正に機器を無効化させたり、データが改変された場合に、どのようにその不正を見抜くのか。機器のトラブルなどで正しい計測ができない状況になったり、全損事故などにより過去の記録データが失われてしまった場合、どのように正しく課税するのか。これらの「課税の公平・公正」に関わる部分の議論は十分に行われるべきではないでしょうか。
EVの普及促進などゼロエミッション政策との矛盾
最後に挙げる課題は、国が中心となって全国規模で推進しているゼロエミッション政策との矛盾です。国は多額の補助金を出して電気自動車やプラグインハイブリッド車など環境負荷の低いクルマの普及を推進しています。購入を検討している多くの人は「ランニングコストを含めて、コスパが良いEVやPHEVにしよう」という認識でこれらの電気自動車やプラグインハイブリッド車を購入し、自動車メーカーもこうした補助金を含めたコスパの良さを大きなセールスポイントにしています。
しかしこうした状況に「電気自動車やプラグインハイブリッド車など一部のクルマの税負担が少ないのはいかがなものか」という観点から課税が強化されると、一転して買い控えが生じてしまう可能性もあります。環境性能の高いクルマの開発を追求してきた自動車メーカーの努力にも、水を差すことになってしまうでしょう。国のなかで「電気自動車やプラグインハイブリッド車を普及させたい」政策と、「電気自動車やプラグインハイブリッド車の課税を強化したい」政策が矛盾してしまっているとも言えるのではないでしょうか。
まとめ
今回は、ガソリンの暫定税率廃止に関する国会での議論で浮上してきた「走行距離課税」について、海外の事例や日本での導入における課題などをまとめてみました。
もちろん記事執筆時点で走行距離課税について具体的に決まったことはなく、今後の議論の行方も未知数です。しかし課題に挙げた通り、クルマは多くの人の日常生活や企業のサプライチェーンにとって欠かせないものであり、走行距離課税が実際に導入された際の世の中への影響は非常に大きいのではないでしょうか。「代替財源の確保」という大義のもと安易に進めるのではなく、様々な角度からその効果や影響、課税の公平性を検証し、慎重に議論が行われることを期待したいところです。