CORISM編集長とリセバ総研所長のクルマ放談:2025年7月(後編)メーカーのエンジニア魂

自動車業界で日々生まれる様々なトピックスについて、リセバ総研の“ご意見番”であり日本カー・オブ・ザ・イヤーの運営にも関わっている自動車webサイトCORISM編集長の大岡智彦と、リセバ総研所長の床尾一法の二人が本音で語り合う「クルマ放談」。第1回となる今回は、今年の春以降の自動車業界に関する話題や、新車発表が相次ぐ自動車メーカーの動向を中心に語り合いました。後編では、自動車メーカーの裏話やこぼれ話で2人は盛り上がったようです。

自動車情報メディア「CORISM」編集長

リセールバリュー総合研究所 管理運営者
当記事における発言内容は、床尾一法と大岡智彦の個人的な主観・考察によって構成されています。公式の見解ではございませんのでご注意ください。
エンジニアが元気なメーカーに生まれる活気
-
-
リセバ総研所長 床尾一法
(中編の最後に)エンジニアのコダワリという話についてですが、エンジニアさんがコダワリを発揮できているメーカーとなると、好調なトヨタさんがやはり1番でしょうか?
-
-
【自動車のプロ】大岡智彦
そうかもね。
昔はどちらかというとサラリーマン的な人が多かったんだけれど、豊田章男氏が社長(現在は会長)になってからは「もっといいクルマを作ろう」と言い出したて、エンジニアにものすごくプレッシャーを掛けた時があって。
最近ではそのエンジニアたちがみんな楽しそうなの。
昔はトヨタのエンジニアに質問しても歯切れの悪い返事が多かったんだけれど、最近は「1つ聞くと3つ返ってくる」感じ。試乗の感想を話してもすごく食いついてくれる。
エンジニアが元気なメーカーは、クルマもどんどん良くなってくるのかなと感じますね。
-
-
リセバ総研所長 床尾一法
スズキも元気ですよね。
-
-
【自動車のプロ】大岡智彦
スズキも最近はエンジニアが元気ですね。
インドで生産しているフロンクスなんて、あんなデザイン今までスズキから出たことがない。
元々スズキのデザインって少し地味な印象があったんだけど、フロンクスにしても、今度発表されたeビターラにしても、エモーショナルなデザインに仕上げてきている。
スズキといえばコストを削ぎ落とすクルマづくりをする印象だったけれど、フロンクスもeビターラも、フロント・リアのコンビネーションランプの作りなんかは、しっかりコストを掛けて作り込んでいる印象ですね。

-
-
リセバ総研所長 床尾一法
一方で、経営状態が良くない日産ですが、エンジニアの流出などは起きていないんでしょうか。
-
-
【自動車のプロ】大岡智彦
やはり流出していくんじゃないでしょうか。
-
-
リセバ総研所長 床尾一法
そうですよね。開発能力がどんどん落ちていってしまうのではないかと、気になります。
-
-
【自動車のプロ】大岡智彦
やっぱりあれだけの赤字を出してしまうというのは大きなことだからね。
日産はエンジニアの流出も心配だけど、それ以上に工場の閉鎖のほうが心配ですね。
-
-
リセバ総研所長 床尾一法
工場閉鎖は影響が大きいですね。
-
-
【自動車のプロ】大岡智彦
追浜工場がなくなってしまったら、三浦半島周辺だけでなく場合によっては横浜エリアまで巻き込んで大きな影響が出そうだし。
平塚にある日産車体湘南工場の縮小も、もはや神奈川県全体に大きな影響が出るかもしれない。
サプライヤーまで含めると、首都圏にも大きな打撃を与えると思います。
-
-
リセバ総研所長 床尾一法
工場を中心とした「城下町」は打撃を受けますね。
-
-
【自動車のプロ】大岡智彦
自動車業界を長く見ていると、日産はなんで同じことを繰り返してしまうんだろうと思いますね。
カルロス・ゴーン氏がやったコストカットをまたやらなければならなくなっちゃう。ゴーン氏のときも、村山工場を閉鎖。その前には、座間工場も閉鎖。数々の大規模リストラをして生き残りました。そして急成長しました。
そう思ったらまた赤字になって、同じことをしようとしている。
日産という会社の体質に問題があるのか、社内の組織や社風に問題があるのか、意思決定のプロセスに問題があるのか・・・いずれにしても残念なことですね。
-
-
リセバ総研所長 床尾一法
カルロス・ゴーン氏の事件や人物像はさておき、求心力を持つリーダーがいなくなったことで、意思決定に時間がかかったり、社内政治が働いたり、大企業特有の停滞感が生まれてしまったのかもしれませんね。
一方でトヨタは豊田章男氏がトップになってから企業イメージも大きく変わり、豊田章男氏自身の個人活動でリブランディングも成功した印象を持ってます。

-
-
【自動車のプロ】大岡智彦
豊田章男氏の個人ブランディングが、社内での求心力や対外的にアピールする力になっているんじゃないですかね。
-
-
リセバ総研所長 床尾一法
80〜90年代の日本車の全盛期とも言える時代を体験した私のような者にとって、若かりし当時はトヨタ車に対して品行方正で退屈なイメージを抱いていました。
でも、今ではトヨタの出すクルマに対して「次はどんなことをやってくるんだろう?」と期待を抱いてしまいます。
ここまでトヨタ車がフルラインナップを展開するとは思わなかったし、走りや乗り味を重視したGR(Toyota Gazoo Racing)のようなブランドを展開するなんて、想像すらできませんでした。かつてのホンダやスバルに求められていたことも取り込み、全方位でクルマと向き合っている感じです。
-
-
【自動車のプロ】大岡智彦
組織の風土が変わったことで、クルマ作りが変わったということですね。
かつては効率ばかり重視していた生産拠点も、今はみんなが面白そうな試みに挑戦するようになった。
日産やホンダのエンジニアがやっていたようなことを、今は世界一の自動車メーカーであるトヨタがやっているというイメージです。GRヤリスやGRカローラの専用エンジンなんて、他のトヨタ車には搭載されないのに作っちゃったわけですから。

自動車メーカーこぼれ話 〜 ダイハツ 新型ムーブの知られざる秘密
-
-
リセバ総研所長 床尾一法
最後に、ここ最近で自動車メーカーの担当者から聞いた話で面白いものがあったら教えていただけますか?
-
-
【自動車のプロ】大岡智彦
先日発売されたダイハツ 新型ムーブの話かな。
新型ムーブは私も試乗していて、いいクルマに仕上がったと思いますが、ダイハツの担当者によると、基本パッケージはムーブ・キャンバスと一緒ですと。
外装は異なりますが、プラットフォームやエンジンはムーブ・キャンバスと共通ですというんです。じゃあ何が違うんですか?と聞いたら、Aピラーの角度が(ムーブ・キャンバスと)違うと言うんです。

-
-
リセバ総研所長 床尾一法
Aピラーの角度、なんとなく気になってました。違いますよね。
-
-
【自動車のプロ】大岡智彦
これの何がすごいかというと、同じパッケージで2つの車種を作るときには、主要骨格部分は同じで外装のパネルだけを変えて作るのが一般的なんです。
なので、本来はAピラーの角度だって一緒なんです。
でも、ムーブはわざわざボディフレームを再設計して変えてしまった。
Aピラーの角度を変えるとなると、衝突安全性も変わるので、ピラーまわりの再設計が必要だったり、衝突試験を行うなど時間とコストが掛かります。
-
-
リセバ総研所長 床尾一法
キャリーオーバーするにしても、手間のかかる修正を加えたというわけですね?
-
-
【自動車のプロ】大岡智彦
そう。
「なんでそこまでこだわったの?」と聞いてみたところ、「上からの指示もあり、最初はムーヴキャンバスの外板パネルを変える程度の計画でした。ですが、実際に作ってみたら『ムーブに見えない!ムーヴらしくないと!』なった」というんです。
-
-
リセバ総研所長 床尾一法
お、なんかいい話ですね、それ。
-
-
【自動車のプロ】大岡智彦
なんでムーブに見えないのかを検証したら、Aピラーの角度が原因でした、と。
Aピラーの角度を変えようとするとコストも時間もかかるけれど、「これではムーブに見えませんよね?」と言ったら上層部も共感してくれて、ピラーの角度から作り直すことになったと。
新しいクルマが「ムーブに見えるか」という点にこだわったのはすごいなと思いましたね。安直にムーブ・キャンバスと一緒にしなかったという点、愚直にムーブのアイデンティティにこだわった点はすごいですね。
-
-
リセバ総研所長 床尾一法
そういうストーリーは商品のアイデンティティとしても良いですね。
私も新型を見る前までは一般的なハイトワゴンのシルエットを想像していたんですよ。
でも初めて新型の公式画像を見たら予想していたよりもAピラーが寝ているなと。スライドドアになっても歴代ムーブのイメージを引き継ぎつつ、洗練された印象を受けました。
大岡さんが気になる「今月の1台」:スズキ eビターラ
-
-
リセバ総研所長 床尾一法
それでは最後に、自動車評論家の大岡センセー、今月の気になるクルマを選んでいただけますでしょうか?
新車でも中古車でも絶版車でも、公道を走ることができるクルマなら何でも!

-
-
【自動車のプロ】大岡智彦
これはもうスズキ eビターラ。
すでに試乗させてもらいましたが、びっくりしました。よく走るし、よく曲がる。電気自動車でここまで気持ちよく走れるクルマもなかなかないんじゃないでしょうか。ある程度速度を出して走っていても、「まだまだ行けそう」という感じで、運転していて楽しかった。外装や内装の質感の高さや、フル充電で500キロ走れるという航続距離も魅力的ですね。
あとは価格が気になるところです。Bセグメントのクルマですが、あくまで予想ですが新車価格は500万円前後?になるんじゃないかと思います。
-
-
リセバ総研所長 床尾一法
スズキ eビターラは私もかなり気になってます。乗ってみたいですね。
大岡さん、それではまた来月、8月にまたお会いしましょう。ありがとうございました!